バイオ政治学にようこそ! 
バイオ政治学は、科学社会学の一領域で、長年、細胞性物学・生化学を研究していた私が
1995年に提唱した。「バイオ科学研究を人間の幸福・興奮・充実に結びつけるにはどうしたらよいのか? 生命科学の立場から、科学技術(生命科学)のあり方を考え、バイオ研究者と国と社会はなにをどうすべきなのか?」の目標、知識、考え方、スキルを構築し実行する学問である。

 (更新:2011年9月28日)    白楽ロックビル お茶の水女子大学大学院・ライフサイエンス専攻・教授 連絡先: haklak@haklak.com                      
 
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11. 1999年出版

12. 1999年出版


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発売中『科学研究者の事件と倫理』 2011年9月出版 講談社

執筆中 『メディアの描く生命科学と生命科学用語のあり方 バイオ政治学 3巻』 2012年1月出版予定

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● 読売新聞に1年間コラム執筆。「白楽ロックビルの不肖・無精」。2005年4月〜2006年3月 記事例 記事をまとめて単行本にした

1.研究者倫理

データから分析した明治・大正・昭和・平成の科学者・研究者の犯罪と事件」、「研究不正(ねつ造・改ざん・盗用)の落とし穴」など
  • 講演経験建築学会2010年)、奈良先端大学大学院2010年)若手ペプチド夏の勉強会2009年)早稲田大学(2008年)など多数
  • 講義経験:所属大学(毎年)、早稲田大学(2010年、2009、2008年)、放送大学2010年)など多数
  • 解説記事「情報管理」 2008年.pdf , 、「工学教育」2006年.pdf
  • e-ラーニング教材:早稲田大学が学部・大学院生用の授業(90分、1回)用に作成しました。各大学・大学院での授業、大学教員・研究所研究員の研修に有用です。是非、ご活用ください(多分有料。問合せ先:早稲田大学・研究推進部 researchethics@list.waseda.jp)

    概要10年余りの調査研究を経て、明治7年(1874年)〜平成21年(2009年)、136年間の日本の「研究者の全事件」データベースがようやく完成した「研究者の事件」は、約1,400件あり、時代に伴う事件種の変遷、事件種の特性(研究分野、所属機関、役職、年齢、性別、匿名・実名報道など)、処分(免職や裁判)、事件の大きさなどを総合的に把握できる。また、事件を起こした研究者(氏名、研究分野、所属機関、役職、年齢、性別など)とその処分を知ることができる。データは毎年更新する予定である。

    研究者の事件」は、「セクハラ」「研究費不正」「ねつ造(Fabrication)」「改ざん(Falsification)」「盗用(Plagiarism)」などがあり、事件種のいくつかは、既に明治時代・大正時代にも問題視されていた。つまり、国・研究機関・研究者は十分に学んでいない。また、研究行為と密接で切り離せない面もあるだろう。講演・講義・執筆では、「研究者の事件」のうち、「ねつ造(Fabrication)」「改ざん(Falsification)」「盗用(Plagiarism)」を中心に扱うが、これらへの理解・倫理観・対応スキルは文系理系を問わずすべての大学院生・研究者・技術者に必須である。

    研究不正は、「当然」“悪い”行為であるのが常識のためか、普段、大学院生・研究者・技術者は十分な説明や教育を受けない。米国では多くの大学・研究所で教育・研修しているが、日本の大学・大学院・研究所ではマレである。事件の実態を調べると、実のところ、研究者倫理のルールは曖昧で、シロ・クロの線引きは難しい。自己判断で行動する大学院生・研究者・技術者・大学教授は自分に都合のいいように判断するのも悲劇的な結果をもたらしている。ひとたび事件となればメディアの餌食になり、大学・研究機関からは懲戒処分を受け、天国から地獄への人生ジェットコースターである。大学院生・研究者・技術者・大学教授は基本を学び、“つまらない”行為で研究キャリアと人生を棒に振らないように、普段あまり考えない研究者倫理をしっかり理解しておこう。

2.メディア問題

「メディアの描く生命科学」、「生命科学用語のあり方」など
  • 講演経験筑波大学(2007年)、日本科学技術ジャーナリスト会議(2007年)など
  • 講義経験お茶の水女子大学(毎年)、放送大学2010年)、総合研究大学院大学(2005など
  • 解説記事メディアの中の生命科学」2006年.pdf

    概要
    日本の多くの消費者は「遺伝子組換え食品」を拒否している。安全性に問題があるという印象ももっているからだ。しかし、遺伝子組換え食品の安全性に関する研究論文(1次情報)を読んで判断したわけではない。「遺伝子組換え食品」を拒否する本当の理由は、「安全性」ではなく、“悪いイメージ”や“価値観”を抱いているからだ。誰が “イメージ” や“価値観”を植えつけているのか?

    メディア(3次情報)である。科学技術だけでなく、生活全般にわたり、人々はメディアの流すイメージ(と情報と“価値観”)に支配されている。自分の好み・センス・考え、“アイデンティティ”や“個性”までもメディアに支配されている。もちろん、家族・友人・学校教育・職場の影響を受けるにしても、その時代の影響を受けるということはメディアに支配されているとも言えるのだ。

    つまり、人間の考え方、好み、生活様式、人生計画のほとんどは自分のリアルな経験もあるが、バーチャルなイメージ(と情報と“価値観”)、つまりメディア、に大きく影響を受けている。生命科学技術に限って論じよう。一般大衆にとっては、メディアが生命科学をどう描くかが根源的に重要である。生命科学者にとっても、メディアが社会と生命科学との関係をどう描くかで、研究テーマの重要性(研究費やポストに影響)が決まってくるので根源的に重要である。国家にとっても、生命科学の高等教育(人材育成)、医療・食糧・バイオ産業・バイオ安全保障などの国家戦略に根源的に重要である。

    メディアが生命科学をどう描くか、メディアが生命科学をどうねじ曲げているのか(あるいは、ねじ曲げていないのか)を、主観ではなく、科学量論的に、生命科学者の誰かが研究し続ける必要がある。科学量論的な研究をすることで初めて、メディアのあり方やメディアのコンテンツ(内容)に対する議論を、主観ではなく、科学の領域に押し上げて、バイオ研究者側から「あるべき姿」を提示できる。

    私たちは、今までメディアとして映画と新聞を分析した。ゲーム、イラスト、テレビ、インターネットも分析している。

    また、生命科学用語についても研究している。メディアの影響を受け、生命科学用語が混乱し始めている。言葉は科学技術の土台である。現状を理解し、何らかの規制やルール、監視組織を作らないと、生命科学用語の混乱が根を張ってしまう。言葉の混乱・ゆがみは、その上に構築する科学技術をゆがめてしまう。まず生命科学用語をしっかり研究し、その分析に基づいた対策を立てる。このことは、日本にも世界にも必要に思える。


 

3.キャリア問題

「生命科学系の院生の進路」「生命科学分野の人材育成」「生命科学者の人生と教訓」
など
  • 講演経験高校生対象(2009年)、大阪大学・蛋白質研究所(2008年)、生化学若手夏の学校(2007年)など
  • 講義経験お茶の水女子大学(毎年)、放送大学2010年)など
  • 解説記事大阪大学での 配布資料(2008年).pdf

    概要
    高校生、大学生、大学院生にキャリア上の指針を語る多くの社会的成功者(含・研究者・大学教授)がよく述べる言葉に、「好きなことをしなさい」がある。これは大きな間違いである。趣味と仕事を混同してはいけない。「好きなケーキ」だけを食べていて健康な身体に育たない。「好きな」生活・職業・学科・専攻・進路を選んでいて、健全な人生キャリアは育たない。ニート、引きこもり、無職、高学歴ワーキングプアになっていいのだろうか? 身体の発育にはバランスの良い食事が重要であるように、人生の健全な展開にはバランスの良い勉強・経験が重要である。決して「好きなこと」だけを追求してはいけない。好きかどうかではなく、必要かどうかだ。「自分を生かす」キャリア・生活・職業・学科・専攻・進路を選ぶのである。若い時に自分の人生を失敗してしまうと、一生引きずる。後悔しても人生をリセットできない。

    多くの高校生・大学生は進学後のキャリアの現実を知らないで、大学・大学院に入学する。普通に勉強すれば、希望する専門職に就けると思っているようだ。多くの高校教員、大学教員がキャリアの現実とありがちな間違いを知らないので、教えられないからだ。現実は、学科・専攻・進路によっては入学定員に見合った専門職はない。学問と研究開発の急速な発展に伴い、生命科学に関する学科・専攻の学生定員は大幅に増えた。しかし、受け入れる専門職はそれほど増えていない。20年前までの博士号取得者は、大学教員や国公立研究所の研究者になれたが、現在は、数割しかなれない。その現実を認識し、高校生・大学生は大学教員や国公立研究所の研究者になるには何をどう準備すべきか知るべきである。また、高校教員・大学教員は生徒・学生・院生にそのような実態を知らせるべきである。国は、高等教育の人材育成に有効な施策を早急に実施すべきである。


4.生命科学政策と研究動向

どこまで進めてよいのか生物改造」、「生命科学と生命倫理」、「米国の研究費配分」、「米国に学ぶ科学者と政治」など
  • 講演経験分子生物学会(2009年)、「学問と社会のあり方」研究会2007年)、自由民主党の勉強会など多数
  • 講義経験:所属大学(毎年)、放送大学2010年)など
  • 解説記事「学問と社会のあり方」2007年.pdf

    概要
    バイオ政治学は、私が、日本の研究費配分制度の問題と感じ、1995年、文部省在外研究員として米国の研究費配分制度を研究したことが原点である。在米中に執筆した本『アメリカの研究費とNIH』(1996年、共立出版、絶版)は当時、文部省、経済産業省などの研究費配分部局のバイブルと称された。この本で提案した「プログラムオフィサー」「利益相反」「審査報告書」などがその後、日本の研究費配分制度に導入された。私が非常にラッキーだったと思うのは、日本人として米国NIHの研究費配分部局に滞在できたことである。この経験をした日本人は、いまでも私一人だろう。米国の生命科学政策の中枢(つまり、研究費を誰にどう配分するか?)の思想と仕組みを現場で学んできたのである。米国の経験を日本の研究費制度の改善に役立てたいと、自由民主党の政治家の勉強会で2回講演した。

    生命科学は、遺伝子組み換え技術の導入により、かつてないほど生物改造が可能になっている。遺伝子組み換え技術を応用した食物は大豆、トマト、サーモンなど増えつつあるが、生命科学技術それ自身は、マウスに適用できれば、当然ながら人間へも適用できる。例えば、生殖医療は体外受精が可能になり、他人の精子や卵子も購入(?)でき、デザイナーべビーの誕生も珍しくない。また、クローン動物(人間)、ES細胞、iPS細胞による新しい時代を迎えようとしている。つまり、生命科学は、人間生活に必要な病気の予防・診断・治療や食糧増産などの問題を解決するだけでなく、生殖、臓器移植、美容、ペット改造、快楽(バイアグラ、寿命延長、筋肉増強剤、若返りにホルモン)にもどんどん適用されている。しかし、どこまで進んでいいのだろうか? 人間の尊厳とどう調和をとるのだろうか? 生命科学者は、どんどん研究開発してよいのだろうか? 

    世界163か国が締約している「生物兵器禁止条約」に日本は1982年に批准している。条約は、細菌兵器(生物兵器)及び毒素兵器の開発、生産及び貯蔵を禁止している。さて、非常にうがった見方を紹介しよう。「実は米国で細菌兵器は開発されている。核実験と同じで実験しないと効果は不明だから、生物兵器の効果を試すためにひそかに実験している」という陰謀説だ。「米国の組織は、この計画に反対した政治家を脅す目的で2001年に炭疽菌の粉末を送った。それで実験が可能になり、生物兵器の実験例は、アジアの急性肺炎サーズ(2003年)、鳥インフルエンザ(2005年)、豚インフルエンザ(2009年)がある。そして、最近、核軍縮を認め始めたのは、細菌兵器の目処が立ち、完成(ワクチン備蓄)に近づいたからだ」という陰謀説である。しかし、これを単なる陰謀説と笑ってすむのだろうか? 世界貿易センターに飛行機が突入すると誰が予測していたであろうか? 世界の某国が生物兵器を開発していたら、日本はどうなるのだろう?  予測も防止方法も、検出方法や診断方法も研究していなくて、実験材料も持っていなくて、「今年はインフルエンザが流行っているね」というレベルから1か月後、壊滅的な打撃をうけることはないのだろうか?

    私は、すべての対象にたいして、少なくとも「研究」を禁止してはマズイと考えている。科学技術は「研究」「限定使用」「一般使用」の3段階で対処すべきで、国や多くの人が主張する「ゼロ」か「100」はマズイと考えている。科学技術の知識・考え方・スキルは、研究していないと継承も応用も発展も困難になる。そして、ひとたび、他国・他分野で、大きく社会に影響するような技術を開発した時(兵器などのマイナス面だけでなく役立つプラス技術でも)、蓄積がなければ、対応できない。

    生命科学の考えや・技術の動向や限界を常に把握する必要がある。また、倫理的に、国民の多くは新しい生命科学技術にどの程度許容するかも把握する必要がある。